■星空に隠し事

「なぁ、空って好きな子とかいんの?」

趣味の天体観測のために土手に向かう途中だった俺は、コンビニに行く翔に運悪く出くわしてしまった。「年上だろ」という不条理な理由でポカリを奢らされた。

「ん?いるよ」

持ってきた三脚を組み立てながら俺は返事をする。翔は、土手に腰掛けてポカリを右手に話しかけてきた。

「え、マジで!?へぇー、空も誰かを好きになったりすんのかー」
「お前、俺のことなんだと思ってんだ。いるさ、好きな奴くらい。」
「じゃあさ、じゃあさー、その子のこと考えすぎてそわそわしたりとかもすんの?」
「そーだな、浮かれて気持ちが乱されるな」
「おまえ、真面目に答える気ないだろ!」
「静かにしろ、近所迷惑だ」
「へーい」
翔がやる気のない声を出して、ポカリをぐいっと喉に流し込んだ。手持ちぶさたなのか、ペットボトルのキャップを緩めたり締めたりする。かしゃかしゃという、プラスチックの擦れる音が聞こえる。
望遠鏡を組み立て終えた俺は早速それをのぞき込む。

しばらく沈黙が続く。

目当ての彗星を見つけたと同時に、翔が口を開いた。
「俺さぁ、うちの部のマネージャーがさ、なんつーか、可愛くてさぁ。その子がその場にいたりすると、練習中とか集中できないんだよね。顧問にも"たるんでる"って怒られるしさ。でもなんつーか、なんつーか、その子がいないときは"やってやるぞ"っていう気持ちが前より強いっつーか、"生きてるーっ!"って感じがするんだよな」
「はいはい、青春デスネ」
「…何かそういうリアクションされると、恥ずかしいこと言った気分になってくんな」
「気付け、充分恥ずかしいぞ」
「うるせっ」
明るい声で翔が笑う。顔は見てないが、おそらく幸せそうな、おめでたい顔をしているのだろう。
「なーなー、空の好きな子ってどんな子?」
恥ずかしくて身近な友達には言えない悩みを口にできてスッキリしたのか。自分の言いたいことを言い切った翔は今度は矛先を俺に向けてきた。
「恋愛好きの女子高生みたいだな、お前」
「男も女もねぇよ、恋の話は。なぁ、どんな子?」
「言いたくない。
……まだ、ダメにしたくないんだよ」
「ダメにするったって、告白しろって言ってるわけじゃないんだぞ?」
「俺にとっては、同じなんだよ、ここでお前に言うのも、本人に言うのも」
「えー、せめてヒントー」
「俺を見てりゃわかるよ、そいつといるときは明らかに浮かれてて、他のことなんて何も手に付かないんだから」
「だって俺がお前の顔見るときは絶対二人きりじゃんかよ。お前が誰かと一緒にいるところなんて見たことねーし」
「友達いないみたいに言うなよ。それ言ったら、俺だってお前が誰かと一緒にいるの見たことねぇよ」
「ねー、教えてってば」
「ダメだっつの。しつけーな」

星を見ているフリをしているが、実はとっくの当に目当ての彗星は見失っていた。けれどいかにも星に集中しているかのように、レンズ部分をいじって倍率を変えたりする。2週間前からあの彗星が見られるのを楽しみにしていたのに、それにも集中できない。ご機嫌で話をする横のポカリ少年に、見失ったのを悟られないようにするのが精一杯だった。本当に、今日こいつに会ってしまったのは運が悪かった。

「ちぇっ。まー、空が言いたくないんなら仕方ないか。俺だって言いたいから言ったってだけだし」
「そうそう、勝手に自分から話しといて、"自分が話したんだからお前も"みたいなこと言われても困りますねー」
「人を恋話好きの女子みたいに言うなよ」
「そういう話に男も女もないんじゃないのか」
「そりゃそうだ」
翔が笑った。俺も望遠鏡からは目を離さずに笑う。
「さて、俺はもうそろそろ帰ろうかな」
翔が勢いよく立ち上がる。
「俺も帰るかな」
「え、星はもう良いの?」
「ん、サッサと消えちまったよ。すぐ燃え尽きたんだな、きっと」
「へえー。全然わかんねーや」
翔は興味の無い天体の話など理解する気もないのだろうが、そのおかげで適当な嘘で取り繕うことができた。

一つため息をつく。

「鈍感過ぎだろ」
わざと翔の耳には届かないくらいの小声で独り言を言う。

「ん?何か言った?」
土手の上で翔が振り向く。

「お前のせいで集中できなかったな、って」
「なんだよそれ!」

これで気付かないとは、やっぱり鈍感だ、と思ったが今度は口にしなかった。

「静かにしろ、近所迷惑だ」
情けなくも舞い上りっぱなしの気持ちを抑えるように、翔を叱りつけた。

「へいへい。」

翔は不満そうな声を出しながらも、俺の作業が終わるまで待っていてくれている。そんなちょっとしたことが嬉しくて、なのか、うっかり草むらに三脚を倒してしまった。

「あーあー、らしくないねー、大事な望遠鏡なんだろ?」
頭の後ろで手を組んだ翔がチャチをいれてきた。『明らかに浮かれてて、他のことなんて何も手に付かない』今の俺にはちっとも違和感を感じてないようだ。今の俺はこの鈍感さに救われている訳だが、ついでにこいつの先行きに少々の不安も感じてしまった。


空→翔おためし。
空くんが思いの外乙女できもちわるいです。
空くんは初っぱなからこの恋を諦めてるので、翔くんの恋話聞かされてもへこんだりしない。おめでたいやつです。

2006.5.31